2009年6月5日金曜日

改めて思う検索エンジンの凄さ

先週、不義理をしていた新橋のバーへ。
しかし、店のあった場所にはシャッターが降り、看板もなくなっていた。

唖然、呆然。
そもそも4年も通っていながら連絡先も伝えていなかった。
ここ4ヶ月ほど来ていなかったから?
仕方なく、帰ってきて検索。

”店名 バー 新橋”で入力。
上から5つ目くらいに誰かの日記が。
早速読んでみると、確かに閉店日記。それもお店のオーナの後輩になる方の日記。
それなりの事情が分かり、一安心。

ある意味、凄いことである。
誰かが観察しており、webにアップされてしまう。またそれが検索エンジンに引っかかる世の中なんである。
どこの誰が観察しているか分からないし、それがwebにある、個人的には怖いことである。

想い出してみると、私の情報も02年頃には客先で検索されて、雑誌に寄稿していることが最初から気付かれ、略歴も手に入れられていたのである。
その後会社を辞め、大手SIerの契約社員となったところ、人事から「アルバイト禁止」を申し渡され、当然雑誌への寄稿も禁止されたことから、本名ではなくペンネームらしいモノを使う必要性を感じ、CNETの読者ブログからペンネームで活動を始めた次第である。
もし有料で原稿を書いたとしたら、本名ではバレる、と感じたことも一因である。

検索される、されない

実は、2年ほど前、IPAの「未踏ソフトウェア創造事業」で「グーグル八分発見システム」が採択されている。
提案者は「悪徳商法?マニアックス」で有名な吉本氏であった。
霊感商法、マルチなどを叩いてくれている貴重なサイト運営者である。

困ったことに、その後の「グーグル八分発見システム」がどうなったかは追い切れていない。
グーグル・ヤフーで検索しても「採択された」記事以外はなかなか出て来ない。
「グーグル八分 対策センター」は出てくるが、機能していない。

検索エンジンに引っかかることが良い例と、ちょっと困る例を挙げたが、引っかからない、引っかかっても「見せない」ことも問題となる。
要するに情報操作の温床になるのである。
既に”見せない”フィルタリングを使って、グーグル、MSN、ヤフーは中国で商売を続けている。(「グーグル八分」by Wikipedia)

既に検索エンジンに引っかかることがなければ、社会的に存在していないことになってしまう恐れがあるのだ。

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